Desperado 〜阪神大震災19年と、小川竜生氏〜

今日で、阪神淡路大震災から19年。
今年は、東遊園地の追悼式には赴かない。
大阪から、あの時刻あの日を祈る。

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震災、亡くなった親友、在りし日の神戸の街。
どれも忘れられないのはもちろんなのだが
震災と関連して忘れられない人が、もう1人居る。

小川竜生

作家。
2003年12月21日、急性心不全のため51歳で急死。
その日は凍るように冷たい夜だった。

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もう今は歌ってはいないが
震災のことを書いた”6425”というオリジナルがある。
(6425:当時公表されていた、震災で亡くなられた方の数)

その歌を歌っていた頃
MBSの深夜ラジオで番組を持たれていたのが、この小川竜生氏だった。
まだ、私もプロ活動を始めて間もない頃だった。

小川氏は、【黄金の魂】という
阪神大震災をモチーフに書いた小説を出されていて
ラジオドラマ化したものが文化庁芸術祭大賞を授賞。
(シナリオもご本人の手によるもの)

1時間以上もあるこのラジオドラマ。
ご本人のラジオで、コマーシャルを挟まずに放送されたことがあった。
民放では驚異的なことだったと言える。

このドラマにとても感動し、ラジオに1リスナーとして手紙を出したところから
小川氏との交流が始まった。

ラジオでの生ライブに呼んで頂き
その後もライブに来て下さったり、飲みに誘って下さったり。
そこから繫がった縁も多い。

桜と龍(はなとりゅう)、冬の稲妻、巨鯨岬、アメイジンググレイス・・・

この方の本は、ハードボイルド、に分類されていることも多いが
人間の底に潜む心情を鋭く深く削り出し
波を抉るようにして描かれる無骨な筆致は確かにハードボイルドな印象だが
内容は繊細な人間ドラマ。

ラジオドラマで知り、その後、人として知り合ってから
作品を沢山読ませて頂いたが
大胆で繊細な人柄がそのまま出た文章で
この方の本は本当によく、夢中で読んだ。

訃報が入ったのはライブの最中。
ライブが終わってから携帯を見ると
共通の友人からの、尋常で無い着信の数に
電話を折り返す手が震えた。

ライブ終わりでそのまま、通夜へ車を走らせた。
入院中に言っていた、小川氏のこんな言葉を思いだしながら。

「めぐみさん、俺が死んだらあれ歌ってや。
Desperado。約束やで。」

走っても走っても、フロントガラスの端が
いつまでも凍て付いていた。

===
前述の、氏の著書【黄金の魂】に
こんな一文がある。

〜〜〜
普段はろくに付き合いもない近所の男達、そして、通りすがりの若者。
俺は人間の心の美しさを目のあたりにみせつけられた。
それにしても・・・・・
これだけの大きな代償を払わねば、それは見られないものなのか。
〜〜〜

この文章以上に、震災のことを表現した言葉を
私は知らない。

癒されることなど無い。
忘れていることはあっても
根本的な悲しみは、時間が経ってもさして変わらない。

それでも
人は、生きてゆく。

語るべき言葉が
いつまでも見つからなくても。

It may be rainin’
but there’s a rainbow above you
【Desperado】

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